【育児・学習】パパママにこそ必要なのは「コーチング」!

小学生の子どもについて。
もう赤ちゃんではないわけですが、まだ大人の手を必要とする場面も多々あります。
しかし、過剰にやりすぎては過保護かもしれないし、
とはいえ、全部自分でやれというわけにもいきません。
(極端な言い方ですが)
赤ちゃんの頃はそりゃ大人の手が絶対ないといけなかったですが、
子どもが大きくなるにつれて「どこからどこまでが親がまだ手を貸すべきなのか?」という
ボーダーラインが難しく感じることがあります。
例えば「時間管理」について。
やはり私は大人ですし、母として数年やっているので、
「今日はこの予定があるから、子ども達は今、宿題をやらないと、○○する時間ないぞ」とか、
そういう日々の家族の予定・時間のやりくりから、
「数年後、小学校の卒業があって、その後こんなことがあって…、その時下の子は何歳で…」などと、数年後の事もある程度見越して、今やるべきことはないか?などと考えることができるわけです。(もちろん完璧ではありませんが)
そして何より、私には多くの経験があるので、
やがて子どもに訪れるであろう未来について、経験上分かったりもするわけですね。
(小学校の後、中学に入る…とか、そういうこと)
しかし、子どもというものは(小学生以下かな)、
「僕たち、私たちの時間は、無限さ!」と言わんばかりに、
先を見通して前もって行動する、ということが難しいらしいです。
(そもそもそういう概念さえもないかもですが…)
もちろん生まれてから「物心ついたらっ今」て感じの年ですから、
近い未来の事、例えば「小学生が終わったらどういうことが起きるのか?」なんて事、
分かるはずもありません。
下手したらずっと小学生の感じで行けると思っているかもしれません。
先を見越して行動をする母と、先を見越せずただただ時間を過ごす子ども。
この違いが、時に(常に)母にとってイライラの元となってしまいます。
先を見越せるからこそ「今これやっときなよ!」とか、
「時間に遅れるから、あと5分でこれしなよ!」とか、口うるさく言ってしまうわけです。
本来子供たちがやるべきことなのに、時間に遅れるくらいなら、私がやってしまおうみたいなことも、時にはあります。(いけないと分かりつつ)
そして、この事に、実は自らもとても疲れています。(母も人間ですからね)
怒る事、試行錯誤すること、先を見越すことは、それぞれとても体力と頭を使います。
育児本なんかには、「早く、と言わない」とか「焦らせてはいけない」って書いてある。
でも、私にとって、これらを言わないで行動してもらう事は、とっても難しい。
そして、見るからに危ないことをしている時など、
「危ないよ」と言ってやめさせるのか?
危ないけど、人に迷惑かけていない状況や大けがする状況でなければ、見守るのか。
これは育児本にもよく書いてある例ですが、
「やめさせないで見守りましょう」って…。
いやこれも、私にとってはかなり難しい。
やっぱり「やめなさい」って言っちゃいます。
なので、時として私にとって育児は「メンタルの修行だ」と思います。
試され、熱いうちに打たれ、鍛錬されて行っていると…。
「日々勉強だ」と千本ノックされている気分です。
※ちなみに一般的な育児本の書いてあることは絶対だとは思っていません。
「そういう考え方もあるのね」程度に読みます。
何故なら多くの育児本って、親側のノウハウばかりが書いてある。
きっと深く掘り下げれば「どうしてそういう考えに至るのか?」が分かると思うのですが、
そこだけ読むと、とても誤解しやすく、なぜそうなのか?を深い所で理解できないから、
理想論みたいなのを読まされている気がするからです。
(今まではその真意まで深く掘って読んでいないので)
先日、娘が書いた週間予定表ですが、早くも計画続行の危機にあります。
「20~21時に集中して勉強する」そこが彼女の気分により、
「全くいいものになっていないな~」と思う状況がほとんどです。
勉強するにはしているのですが、すぐ集中が切れ、他の事を始める。
勉強しているのかな?と思うと、ノートにイラストを描いてたりする。
母としては、やはりその他人事な感じにイラっとしてしまい、
「どうしてやらないの?」「早くやりなよ」などと言ってしまうのです。
(育児本でタブーとされる言葉の連発…)
そうすると、しぶしぶやることもありますが、いい勉強になるはずもなく…。
まさに「やらされている感」。
余計にやる気をなくしてダラダラ。
時間も変にかかる上に、まったくこなしていない。すぐお絵描きとか始めちゃう。
それにまたもやイライラ。
「まずは15分でもいいから、集中してがっとやれ!」と母親目線では思ってしまう。
「中学入る前に、今できることはやっておこう」と説明し、分かったようなつもりでも、
やはり、まだ自分事じゃない、勉強に対する目標もない。
中学準備→高校受験という目標にフォーカスして今の生活から変えていこうとするのは、
やはりすぐには難しいように思われます。
そして、この状況って、誰にとっても幸せじゃないですよね。
私はイライラで疲れてしまうし、子どもに反発されるし。
本来娘の数年後のためにと思ってやっていることが…と悲しくなってしまいます。
「母親って嫌われ役…」そんな風にふさいでしまうときもあります。
そして、娘にとっては、やる気出てないのに、やらなきゃ言われる。
やらされている感、反発心。
中学に入ったら勉強大変なことは分かったけど「今じゃなくても良くない?」そんな感じです。
「これってそもそも誰のため?何のため?」状態ですね。
良くない、損しかない。誰のためにもなっていない。
そして娘はおろか、母親自身も辛い。
今のまま行ったら、本当の受験前はどうなっちゃうの?
お互いの関係も体調も悪くなる前に、どうにかしないといけない。
勉強したい時だけさせる?
いや、そこはあきらめてはいけない。方向性はきっと間違っていない。
きっと、やり方が悪いのだ。
では、なにをどうすればいいのだろう?
「どうして本気でやろうという気にならないのかな?」
↓
別にそのうちやればいいと思っている
今は違うことがしたい
やらなきゃいけないことは分かっている
そんな感じ。
「どうして私は怒っちゃうのかな?」
↓
自分の考えで見てしまうから
自分は集中してできるから(私は集中が続くタイプなので)
「待つ」ことが苦手だから
勉強するためのモチベーションをどう引き出すのか?
(世にいうやる気スイッチ)
興味があれば、上手になる、やる気が出る。
人間そういうもんです。
上記のことからもわかるように、
娘には中学を見据えた学習習慣をつけることの必要性が想像できていません。
故に、やる事に対して納得していません。
つまり自分が考えたことではない、そう、自己決定したものではないということ。
先に話した時間の使い方に関しても、勉強に対するやる気も、
「自己決定」「自主性」が足りない。
そう思います。
勉強でも何でもやればいいわけではない、どういう気持ちでやるか?は重要です。
同じ一時間勉強しても、
「目標をもってやるのか?」
「やらなきゃいけないからやるのか?」では、
出てくる成果がまったく違うと思うのです。
いま、ママコーチの私が娘に対してできることは、
急に勉強体制を強化することではないのだろう、と思いました。
低学年の頃とは違い「言う通りにやる」という年齢ではない。
「なぜ勉強をするのか?」そこに気づいてもらわないと、本人に必要性を感じてもらわないと。
きっと「自主性」を育て、気づきを導かないといけないのだ、と。
それって何だろう?それって…。
あれ?もしかして、これって…、
こ、これってもしかして「コーチング」ってやつか!
あの、なんか、カタカナ系流行り言葉のような、何だか実態がよくわからない、
ビジネスの世界だけの話のような、あの「コーチング」!?
< コーチングとは? >
クライアントの学習や成長、変化を促し、相手の潜在能力に働きかけ、最大限に力を発揮させることを目指す能力開発法・育成方法論の仮説に基づいた手法の一つ。
(wikipediaより)
そうだ、これだ!自主性を引き出す指導=コーチング!!!
急に身近になった!私が今取り組むべきは「コーチング」。
母娘の関係・体調を悪くしないため、そして家族の平和を守るため(スーパーヒーロー風)、
そして何より、自らのことを自らで決断できる大人になるため!
自らが本気にならないと成果につながらないことに気づいてもらうため~!
最初の娘の学習を改めて考えようと思った先日のブログでも、
「中学生進学後、こうなって欲しい(親の想い編)」の最後に、
「自分なりのやり方を試行錯誤して見つけて、自分主体で切り開いて行ってほしい」と書いたではないか!
そうだ、これがコーチングかぁ~。うぉぉぉぉ~!
私も学ばなければいけないのだ。
やはり人を育てるって重労働だ。
コーチング、そういうことか~。